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: 判断力や記憶力などの問題で、普通学級<!-- 通常学級? -->の授業についていけない場合が多い。複雑なルールの遊びに参加することは困難である。そういったストレスから、各種[[二次障害]]が発生する場合もある。また、後期[[中等教育]]への進学に当たっては、各種の問題がある<sup>※1</sup>。
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: 判断力や記憶力などの問題で、普通学級の授業についていけない場合が多い。複雑なルールの遊びに参加することは困難である。そういったストレスから、各種[[二次障害]]が発生する場合もある。また、後期[[中等教育]]への進学に当たっては、各種の問題がある<sup>※1</sup>。
  
 
* 成年期(18歳 - )
 
* 成年期(18歳 - )
: 一般的な職場への就労はハードルが高いが、本人の能力に合っている環境であれば問題はない。一般的な職場での就労が困難な場合は、障害者の保護者やボランティアなどが開設する通所施設で活動する例が多い。また、日常的でない判断(高額な契約など)が難しく、時に判断を誤ることや、悪意の接触にだまされることがある。
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: 一般的な職場への就労はハードルが高いが、本人の能力に合っている環境であれば問題はない。一般的な職場での就労が困難な場合は、障害者の保護者やボランティアなどが開設する通所施設で活動する例が多い。また、日常的でない判断(高額な契約など)が難しく、時に判断を誤ることや、悪意の接触にだまされることがある。また犯罪行為を起こすことも多い。
  
※[[ダウン症]]の青年(女性)が大学([[国文学]]科)に進学し、卒業した事例もあるので、一概に高等教育に不向きであるとは言えない。
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※[[ダウン症]]の青年(女性)が大学([[国文学]]科)に進学し、卒業した事例もあるのがそんなのは例外である。
  
 
== 呼称の変遷 ==
 
== 呼称の変遷 ==

2007年12月10日 (月) 14:26時点における版

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知的障害(ちてきしょうがい)とは、一般的には金銭管理、読み書き計算など、日常生活や学校生活の上で頭脳を使う知的行動に支障があることを指す。

精神遅滞(せいしんちたい、英:mental retardation)とほぼ同義語である。日本では1950年代から学校教育法では、精神薄弱という表現が50年近くそのままに放置されていたため、1994年頃から数年間メディア一般では、精神薄弱を「精神遅滞」という表現に一斉に変更して使用していた時期がある。2000年に法改正があって、「知的障害」に変わったため、精神遅滞は一般には使われなくなった。「精神」の所在が明示できないため、「精神遅滞」ではすべての資質、能力が遅れているのか、という印象を与えるためである。ただし、アメリカ合衆国などでは、こうした障害は「精神遅滞」と呼ばれているのが常で、この分野の国際学会も、「mental retardation」という表現を用いている。この場合の「mental」は、かならずしも「精神」という意味ではない。

法律上の定義

法令上、一般的な知的障害の定義は存在しない。福祉施策の対象者としての知的障害者について定義する法令は存在するが、個々の法令においてその定義はまちまちである。客観的な基準を示さず、支援の必要性の有無・程度をもって知的障害者を定義する法令すら存在する。

客観的基準を示す法令にあっては、発達期(おおむね18歳未満)において遅滞が生じること、遅滞が明らかであること、遅滞により適応行動が困難であることの3つを要件とするものが多い。遅滞が明らかか否かの判断に際して「標準化された知能検査(田中ビネーやWISCやK-ABCなど)で知能指数が70ないし75未満(以下)のもの」といった定義がなされることもある。

通常、事故の後遺症や痴呆といった発達期以後の知能の低下は知的障害としては扱われない。事故の後遺症については通常の医療給付の問題であり、痴呆については老人福祉の問題と考えられるためである。したがって、法令上の用語としての知的障害は、精神医学の領域における知的発達障害に照応することが多い。

よくある傾向

  • 乳幼児期
同年齢の幼児との交流が上手くいかなかったり、言葉に遅れがあったりする場合が多い。染色体異常などの病理的原因(後述)の場合は早期に発見されることが多い。
  • 学齢期(6 - 15歳ごろ)
判断力や記憶力などの問題で、普通学級の授業についていけない場合が多い。複雑なルールの遊びに参加することは困難である。そういったストレスから、各種二次障害が発生する場合もある。また、後期中等教育への進学に当たっては、各種の問題がある※1
  • 成年期(18歳 - )
一般的な職場への就労はハードルが高いが、本人の能力に合っている環境であれば問題はない。一般的な職場での就労が困難な場合は、障害者の保護者やボランティアなどが開設する通所施設で活動する例が多い。また、日常的でない判断(高額な契約など)が難しく、時に判断を誤ることや、悪意の接触にだまされることがある。また犯罪行為を起こすことも多い。

ダウン症の青年(女性)が大学(国文学科)に進学し、卒業した事例もあるのがそんなのは例外である。

呼称の変遷

以前は、「独:schwachsinn」「英:feeble mindedness」「英:mental deficiency」などの外来語の直訳として「精神薄弱(せいしんはくじゃく、略称・精薄)」という用語が広く使われており、法律用語にも多用されていたが、「精神」という言葉は人格も含むうえ、精神障害と混同されやすいため、関係団体などでは「知的障害」という用語が使われるようになった。平成12年(2000年)3月からは法律上の表記も、知能面のみに着目した「知的障害」という用語に改められた。なお、この場合の「mental」を「精神」と訳したのは誤訳に近いという人もいる。

また、かつては重度知的障害を「白痴(はくち)」、中度知的障害を「痴愚(ちぐ)」、軽度知的障害を「魯鈍・軽愚(ろどん、けいぐ)」と呼称しており、これらの用語は法律などにも散見されたが、偏見を煽るとして「重度」「中度」「軽度」という用語に改められた。

医学的な診断名には「英:mental retardation:MR」の訳として「精神遅滞(せいしんちたい)」、「精神発達遅滞(せいしんはったつちたい)」という用語が用いられる。これらは「知的障害」と同じ意味で使われる場合が多い。ただし、厳密な医学的分類では「精神遅滞」・「精神発達遅滞」と「知的障害」を使い分ける場合もある。DSM-IVアメリカ精神遅滞学会(AAMR)の定義では、「精神遅滞」は「知的障害」の症状に加えて生活面、すなわち「意思伝達・自己管理・家庭生活・対人技能・地域社会資源の利用・自律性・学習能力・仕事・余暇・健康・安全」のうち、2種類以上の面にも適応問題がある場合をさす。しかし、こういった生活面に適応問題があるかどうかを判断するのは難しく、現実的には知能のみで判断しているので、知的障害と精神遅滞は同義語だと考えても差し支えない。

現在では、教育分野や行政マスコミなどでは、「知的障害」や「知的発達障害」や「知的発達遅滞」と呼ばれることが多く、医学関係では、「精神遅滞」や「精神発達遅滞」と呼ばれることが多い。また、古くからあるくだけた言い方、俗に使われる名称として「知恵遅れ(ちえおくれ)」という言葉もあるが、蔑視的な雰囲気もあるので、これを嫌がる人もいる。

また近年は、困難に直面しているという意味で、身体障害者なども含めて「チャレンジド(challenged)」ともいわれる。しかし、この言葉も2ちゃんねる等で蔑称的に使われていることを考えると、また別の言葉に変える必要が出てくるのも時間の問題である。

知的障害を知障(ちしょう)と略し、これに池沼(IMEでの変換が可能なため)の文字を充てる表記も見られる。

社会における歴史と現状

日本国外での歴史

19世紀までも、重度の知的障害者がいた事は確実である。しかし、軽度の知的障害者の場合は、あまり支障なく社会生活を送れていたことが多かった。しかし、近代的な学校制度が普及するにつれて、年齢基準の学年編成では、どうしても付いていけない児童の存在が明らかになってきた。そしてそういった児童生徒には、単純に怠けていたり、学業への興味がなかったりするために成績が悪い生徒と、努力しても成績が悪い生徒の二種類があるということも段々気付かれてきた。1905年に、フランスのアルフレッド・ビネーが世界初の知能検査を公表したが、これ以降、知的障害の児童は、厳密な診断のものさしで区分されることになった。ビネー死後、知能検査はさまざまな心理学者によって改良され、現在では知能指数を基にして知的障害を判定するようになった。

ナチスの障害者政策、福祉国家スウェーデン不妊手術発覚など、諸外国でも知的障害者は社会的に抑圧されていたが、ピープル・ファースト運動などによって自立の機運が高まっている。

日本での歴史

知的障害者福祉は民間から始まった。明治20年代に立教女学院教頭の職にあった石井亮一が、孤女学院を開設したことにはじまる。濃尾大地震の震災孤女を引き取った亮一は、孤女の中に知的障害児がいたことで強い関心を示し、アメリカへの二度にわたる留学を経て、日本初の知的障害者福祉施設滝乃川学園を開設したのが、日本における知的障害者福祉の先鞭である。亮一は、夫人筆子とともに知的障害者福祉事業に生涯をささげ、後には日本精神薄弱児愛護協会を設立し、その活動を広く啓蒙しようと尽力した。戦後、政府による知的障害者福祉への取り組みが実り、現在は国内に3600を数える施設が運営されている。

重度障害児には就学免除などが強制的に適用されていたが、養護学校1979年義務教育学校となり、重度障害児も入学可能となった。また、近年は統合教育への流れも起きている。21世紀に入り、特別支援教育の制度の改革が始まっている。

統計

知的障害者基礎調査によると、平成12年の時点で推計459,100人。

公的支援

知的障害があると認定されると療育手帳が交付され、各種料金の免除などの特典が与えられる。自治体によって、「愛の手帳」や「緑の手帳」などの名称がある。また、障害年金特別障害者手当などの制度もある。

知能指数の分布から予測すると、IQ70以下の人は2.27%存在するはずなので、理論的には日本の知的障害者数は284万人になる。しかし、公的に知的障害者とされている人は推計41万人であり、実際に存在するはずの障害者数と比較すると6分の1ないし7分の1であり、著しく少ない。また、上記の41万人のうち84%が療育手帳所持者であるが、軽度・中度の手帳の所持者が55%、重度・最重度の手帳の所持者が45%であり、理論上の出現頻度は障害が軽いほど多いので、それを考慮すると、軽度・中度の手帳所持者は実際の軽度・中度の人数のうちのごく一部であると考えられる。こういった乖離(かいり)の原因としては、特に障害が軽い場合、学校や生活での不便は感じていても、障害認定を受けられる可能性に気付かない場合や、世間体自尊心を保ったり、いじめを懸念したりするためにあえて申請しない場合などがあるためであろう。

知的障害者関連の犯罪

一部では、知的障害者が加害者や被害者などになる事件がある。また、加害者ではないのに加害者だとみなされたり、被害者・証人であっても証言に信頼性がないとされたりする場合もある。また行動の犯罪性自体を理解できず教唆されて犯罪に巻き込まれる場合もある。知的障害者にとって、被害者となった場合、告発などの手続は分かりにくく、必要な支援も得難いため実際の被害はかなり多いと思われる。加害者となったり冤罪被害者になった場合も裁判手続が難解で充分な主張がなされない場合が多い。イギリスでは「適切な大人」という名の知的障害者の裁判支援要員が制度化されている。一方、「問題行動」によって被害が発生する場合もあり、「地域社会で十分な受け皿が整っていないにもかかわらず、拙速なノーマライゼーションが実践されたため」と見る向きもある。

議員山本譲司は、不正受給問題で懲役刑を受けた時の体験から獄窓記という書籍を出版し、刑務所内の知的障害者の比率が一般社会と比べて異常に高いと指摘している※1

野田事件 
千葉県野田市で起きた幼女殺害事件に際し近くに住む知的障害を持つ青年(当時)が犯人として逮捕された事件。裁判でも無実を主張したが認められず、「刑期満了」している。供述の変遷や取調べの過程における問題などから冤罪であると主張されており、この点に関する文献が多数出版されている。
甲山カブトヤマ事件 
西宮市の知的障害者施設で園生(当時の呼称)の死亡事故が発生。当初は事故として扱われたが検察審査会の決定により保母(当時の呼称)の女性が「貯水槽に突き落とした」とされ、検察の取り調べ時に園生が「見た」という証言が得られたとして起訴され、裁判で有罪とされた冤罪事件。第二次再審控訴審で無罪。
水戸事件 
水戸市の段ボール加工業者が、住み込みで働いていた知的障害者を虐待した事件。同社は障害者雇用の優良企業として評判が高かったが、内部では知的障害者に対して激しい虐待を行なっていたため、大きな社会問題になった。

※1 しかしながらこれは知的障害者が犯罪へと追い込まれる社会的条件によるものであり、本来知的障害と犯罪は無関係なものである。

脱施設化

宮城県などを中心として、障害者コロニーを解体するという脱施設の流れが高まっている(「解体」は浅野史郎宮城県知事(当時)の表現)。これには賛否両論があり、「崇高な理念によるものではなく、財政節約が目的である」との声と、「ノーマライゼーションの実践である」との声がある。 しかしながらノーマライゼーションとは、いわば「不自由を緩和するよう適度にゲタを履かせる」という概念であり、バリアフリー化と対になる概念である。バリアフリー化を伴わないノーマライゼーションは存在せず、後者の意見は全くの的外れである。

知的障害の分類

原因による分類

病理的要因 
ダウン症候群などの染色体異常・低機能自閉症などの先天性疾患によるものや、出産時の酸素不足・脳の圧迫などの周産期の事故や、生後の高熱の後遺症などの、疾患・事故などが原因の知的障害。
脳性麻痺てんかんなどのの障害や、心臓病などの内部障害を合併している(重複障害という)場合も多く、身体的にも健康ではないことも多い。染色体異常が原因の場合は知的障害が中度・重度であることが多く、外見的には特徴的な容貌であることも多い。
生理的要因 
特に知能が低くなる疾患があるわけではないが、たまたま知能指数が低くて障害とみなされる範囲(IQ70または75以下)に入ったというような場合。生理的要因の知的障害がある親からの遺伝や、知的障害がない親から偶然に知能指数が低くなる遺伝子の組み合わせで生まれたことなどが原因である。合併症はないことが多く、健康状態は良好であることが多い。知的障害者の大部分はこのタイプであり、知的障害は軽度・中度であることが多い。「単純性精神遅滞」などともいう。
心理的要因 
現代日本ではあまり見られないが、養育者の虐待や会話の不足など、発育環境が原因で発生する知的障害。リハビリによって知能が回復することは可能である。関連用語に「情緒障害」がある(ただし、自閉症が情緒障害に分類される場合もあるが、現在は自閉症は先天性疾患と考えられているので注意)。また、離島や山岳地帯や船上などの刺激が少ない環境で成育した児童の場合も、IQが低い場合が多い(知能指数#生活環境参照)。IQテスト自体○や△など抽象的な図柄を見分けるといった文明社会に馴染んだ者にとって有利な問題となっている。従って、都会生活を経験したことのない先住民族などには不利な評価が下されることになる。このことは意図的にアメリカで有色系移民を排除する目的で誤用されたことがある。

知能による分類

基本的には、知能指数が100に近い人ほど人数が多い。しかし、知能検査の種類によっては最重度まで正確な存在数比率を出せない場合もあるため、問題となっている。

教育の分野では、軽度の生徒を「教育可能」、中度の生徒を「訓練可能」と分類していた時代もあったが、これは障害が重い人に対して先入観を与え、可能性を奪うものとして今では全く用いられていない。

ボーダー(境界域) 
知能指数は70~85程度。知的障害者とは認定されない場合が多いが、認定されないために支援を受けられずに、かえって厳しい状況におかれることもある。
軽度 
知能指数は50~70程度。理論上は知的障害者の約8割がこのカテゴリーに分類されるが、本人・周囲とも障害にはっきりと気付かずに社会生活を営んでいて、障害の自認がない場合も多いため、認定数はこれより少なくなる。生理的要因による障害が多く、健康状態は良好であることが多い。
中度 
知能指数は35~50程度。
重度 
知能指数は20~35程度。大部分に合併症が見られる。
最重度 
知能指数は20以下。大部分に合併症が見られる。寝たきりの場合も多い。しかし運動機能に問題がない場合もあるため、多動などの行為が問題になる場合があり、「動く重心児」という呼び方をされ、施設解体の流れでどうなるかや、ケアの仕方が問題となっている。

大島分類表

運動能力と知能指数による分類として、大島一良による大島分類が使用されている。下記の表は大島分類の表に障害別の大まかな分布範囲を表記したものであるが、個人差があることに注意されたい。

ファイル:大島分類.PNG

他の障害との関連

知的障害と自閉症

自閉症」という障害は、知的障害があるもの(低機能自閉症・カナー症候群)と、知的障害がないもの(高機能自閉症・アスペルガー症候群)に便宜的に分類されている。
知的障害は、知能面の全体的な障害であり、自閉症の本質であるコミュニケーション障害は、対人関係面のみの障害である。昔から知られている種類の自閉症は低機能自閉症のことであるが、これはコミュニケーション障害などの障害と知的障害が合わさったものである。近年知られてきた種類の自閉症である高機能自閉症は、コミュニケーション障害などの障害のみであり、知的障害はない。

知的障害と学習障害

学習障害は、読み・書き・計算などの学習面の一部または全部に困難さがあるが、会話能力・判断力などの知能の他の面では障害がない。しかし知的障害は、学習面も含めて、知能面などで全般的に困難さがあるという点が違っている。ただし両者は相容れないものではなく、例えば軽度の知的障害がある人が、学習面で重度の困難があるような場合は、知的障害と学習障害を合併しているといえる。

関連項目

外部リンク

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